
2015年02月28日
魂をみがく、、。。
私が短い人間生活と
さらに短い神職生活を
通じて感じるに、
たとえば
神様が、魂を鍛えるために
与えた試練があるとします。
しかし、それは俗世の中でのことで
なかなか、神様を感じながら
切り抜けるばかりではないと思います。
たとえば
地域に溶け込んで
暮らせば、
神社の境内の清掃当番や
例祭のために
仕事を休んだり、
またしめ縄を作ったり
少ない人数で大変なことだと思います。
これは、一つの比較的
楽な魂の研鑽です。
ざっくり書けば
仕事は神様がくださっています。
すんでる土地は、おかみのもの
この世の、
登記上は、個人のものでも
産土の神様のものです。
(第一個人が登記して土地をもてるのはいつからでしょう?)
神様の土地だから
家を建てるときに
地鎮祭を行うのです。
祖先は
遙か昔から
そう意識しなくても
感じながら暮らしてきたのです。
もしも、誰かが、、、
皆が仕事が大変だから
祭りの日にちを
日曜日に変えました、
または、しめ縄を作るのを簡素化しました。
私が町内会長になって
以上を実施し
皆が喜び良いことをしました、
なんて言っていたら、
その人は実は、皆にひどいことをしたのを知らない。
現世で、数少ない神様のために
ご奉仕する機会をうばい、
魂の研鑽、それも昔の人が考えた
研鑽の方法を、ある種のお呪いを奪って
人々を、
間違えた方向に導いたこととなりますよ。
自分が、どえらいことをしでかしたことに
気がつくのはいつでしょう。
代わりに人々に与えられた
御魂磨きの機会はどのようなものなのでしょうか?
たぶん
日本各地で
細く長く続けられた
祭礼の日が、めちゃくちゃになり
伝統は過疎化や、実は
敬神や信仰のかけらもない
本当は自身が祭りの手間を手間と惜しんでいる
町内会のうるさい方々に
骨抜きにされた神祭りで
おそらく、地元の神様の力は弱まり
先祖は、神様に申し訳なく幽界にてすごし
いたたまれず、、、、。
例祭日には
高天原でも祭りが行われると
しっかり祭式の時間に
私は習いましたよ。
地上と、高天原とぴたりと一致すると
ご加護、神様のお力が増すのであると、
神聖な神事とは、そういう所以があるから
の言葉ではないでしょうか?
神主も目先の利益にとらわれて
イベントばかり考えていたらだめだと思う。
神様の力が弱まれば
国力は弱まり、
国民の力も弱まる。
きっと日本各地で
戦後神事の簡素化と妙なイベント化は
起きてきたと思います。
古い祝詞の一つに
延喜式祝詞があります。
この祝詞を勉強すると
当時の朝廷が
またそれは、先人が、後の世の日本人をいかに
幸福に導くように神々に祈ったか、
よくわかり
ありがたく思わずにはいられません。
ちょいと本日いつにもまして
用語やその他わかりにくい点も
ある文章ですが、
私も人間、明日死ぬかもしれないから
思い立ったときに書いておきます。
春です、

さらに短い神職生活を
通じて感じるに、
たとえば
神様が、魂を鍛えるために
与えた試練があるとします。
しかし、それは俗世の中でのことで
なかなか、神様を感じながら
切り抜けるばかりではないと思います。
たとえば
地域に溶け込んで
暮らせば、
神社の境内の清掃当番や
例祭のために
仕事を休んだり、
またしめ縄を作ったり
少ない人数で大変なことだと思います。
これは、一つの比較的
楽な魂の研鑽です。
ざっくり書けば
仕事は神様がくださっています。
すんでる土地は、おかみのもの
この世の、
登記上は、個人のものでも
産土の神様のものです。
(第一個人が登記して土地をもてるのはいつからでしょう?)
神様の土地だから
家を建てるときに
地鎮祭を行うのです。
祖先は
遙か昔から
そう意識しなくても
感じながら暮らしてきたのです。
もしも、誰かが、、、
皆が仕事が大変だから
祭りの日にちを
日曜日に変えました、
または、しめ縄を作るのを簡素化しました。
私が町内会長になって
以上を実施し
皆が喜び良いことをしました、
なんて言っていたら、
その人は実は、皆にひどいことをしたのを知らない。
現世で、数少ない神様のために
ご奉仕する機会をうばい、
魂の研鑽、それも昔の人が考えた
研鑽の方法を、ある種のお呪いを奪って
人々を、
間違えた方向に導いたこととなりますよ。
自分が、どえらいことをしでかしたことに
気がつくのはいつでしょう。
代わりに人々に与えられた
御魂磨きの機会はどのようなものなのでしょうか?
たぶん
日本各地で
細く長く続けられた
祭礼の日が、めちゃくちゃになり
伝統は過疎化や、実は
敬神や信仰のかけらもない
本当は自身が祭りの手間を手間と惜しんでいる
町内会のうるさい方々に
骨抜きにされた神祭りで
おそらく、地元の神様の力は弱まり
先祖は、神様に申し訳なく幽界にてすごし
いたたまれず、、、、。
例祭日には
高天原でも祭りが行われると
しっかり祭式の時間に
私は習いましたよ。
地上と、高天原とぴたりと一致すると
ご加護、神様のお力が増すのであると、
神聖な神事とは、そういう所以があるから
の言葉ではないでしょうか?
神主も目先の利益にとらわれて
イベントばかり考えていたらだめだと思う。
神様の力が弱まれば
国力は弱まり、
国民の力も弱まる。
きっと日本各地で
戦後神事の簡素化と妙なイベント化は
起きてきたと思います。
古い祝詞の一つに
延喜式祝詞があります。
この祝詞を勉強すると
当時の朝廷が
またそれは、先人が、後の世の日本人をいかに
幸福に導くように神々に祈ったか、
よくわかり
ありがたく思わずにはいられません。
ちょいと本日いつにもまして
用語やその他わかりにくい点も
ある文章ですが、
私も人間、明日死ぬかもしれないから
思い立ったときに書いておきます。
春です、
